なぜ学生時代辛い練習を乗り越えられたのか?

こんにちは。
草柳隆明です。
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僕は中学から社会人までの12年間ラグビーを選手としてプレーしていた。
一番練習が辛かったのは大学時代。
辛くて逃げだしたくなる時もあったが、4年間続けた。
なぜ続けられたのかを考えてみた。

試合に出たかったわけではない

高校生から大学に上がる時。
Aチームで出ると決意して入学した。
でも入部して、現実を突きつけられた。
「レベルが違う。実力が違いすぎる。」
「4年間で試合出れるかわからない。」
と思っていた。

練習をして、ミスをすれば先輩に怒られる。
そんな日々だった。

Cチームであっても、試合に出させてくれる事はあった。

試合に出れる事は嬉しい。
やはり試合に出る為に練習をしていたから。

ただ、Aチームで自分が通用するなんて思えず、
Aチームに上がりたいという想いはどこかに消えていた。

2年の時にたまたま筋トレのペアになった先輩が良くて、
筋トレだけは毎日練習後に続けていた。

3年の最後にBチームに上がった。
嬉しいような嬉しくないような。
嬉しくない理由は怖かった。
試合に出て自分が通用するのか?
それがただただ怖かった。

もちろん選ばれたという事はチームではそれなりの実力がついていた。
でも他校に通用するのかと・・・。

いつしか変わった想い

4年になり、ついにAチームに選ばれた。
今まで筋トレしていた成果が実ったのだ。
だがやはり嬉しかったが、怖かった。

試合に出て、「意外にいける!」
そんな感情になってからはガンガンいけた。

僕の行っていた大学と同じグループには当時3連覇中の帝京大学。
早稲田大学。明治大学。慶応大学。筑波大学。
など名だたる大学と一緒だった。

「果たして、そんなところに自分が通用するのか?
いや、通用するしここに自分のプレーが通用したら楽しいだろうな!」
そんな気持ちになっていた。

見るからに強そうな190cm、100kg超えのトンガ人に
正面からタックルしにいって、負けた時は多々ある。
それでもたまに勝てる自分がいた。

なんでだろう?
なぜあの時はいける気になっていたんだろう?

色々と今になって思い返して分かったことがある。

チームの為にとなった時は強い

自分の為にではなくて、チームの為にプレーする。
目の前がトンガ人だろうが、自分が止める。
そんな責任があった。

チームが勝つ為に。
そう思っている時は怖い物なしだった。

自分にベクトルが向いてるのではなくて、
外にベクトルが向いている時。

出れない悔しさは誰よりも知っていた。
3年まで一番下のチーム。
そんな自分が4年でAチームに。

だからこそ、何ができるのかと考えていた。

派手なプレーはできないから、地味なプレーを。
そしてムラのない安定したプレーが売りだった。

チームの為にと思うその先にあったもの。

勝った時の喜びだ!!

公式戦の勝った時のあの感動は忘れられない。
勝って涙した事も何度もある。

人はそんな感動をまた得たくて、
辛い練習でも耐えられるのだろう。
と今なら思う。

それを今の日常で再現する。

日常でどういう感情を得たいのか?
本当に大事なのはそこなのかもしれない。

あなたはどういう感情の時に頑張れる?

最後まで読んでくれてありがとうございます。
草柳

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