20代が終わり、30代に突入

こんばんは!
だいぶお久しぶりです。

2021年2月11日になりました。
今日で僕は30歳になります。

なんで久々に更新しようかなと思ったかというと、20代の事などを書き留めておこうと思ったからです。
なので、結構僕目線の記事になってると思うので、興味ない方はスルーしてください。笑

あ、でも書くからには僕の経験が伝わってほしいという想いで書くのでちょっとでも興味あったら読んでくれたら嬉しいです!!

思い切って飛び込んだ20代前半

大学時代は日本体育大学でラグビーをしていました。
最後は単位がギリギリになりながらもなんとか4年で卒業。ラグビー部も無事に卒業。

就職は教師になることを目指していました。
なので、一応教員免許は持っています、科目は保健体育。
だが、現実は厳しく教員になることはできませんでした。

じゃあどうしたのかというと、内定をもらっていた物流会社に就職しました、

就職した経緯はラグビー部を作るからということで顧問の先生から紹介してもらったのがきっかけです。
なので、その会社のラグビー部一期生です。今ではトップイーストリーグとどんどんレベルも上がってきていて、スタート時とは比べ物にならないです。密かに応援はしています!!

その会社では配送をメインに最初やっていて、その後はドライバーを管理する配車を合わせて3年弱やりました。

正直な話、配送をやっている時はなんでこんなことをやっているんだろう?と思っていました。
車の運転は好きだったから、良かったけれど将来を考えたら配送をしていてこの先どうなるんだろう?
ラグビー辞めたらどうするんだろう?
そんな不安があったんです。
ラグビー辞めたときに「何ができるの?」と言われ、「配送ができます」と言ってもそれで生きていきたいわけではないしなーとずっと思っていました。
配送することに関しては自信はあったけれど、それを一生やる気はない。
だったら、思い切って転職を考えよう。そう思って転職活動を始めました。

何をしようかなって考えてたときにラグビーをやっていたし、競争の世界でずっと生きてきたので、やった分のお金は稼ぎたいと思い、それだったら営業だろうと思って営業職を受け続けました。

車屋から内定は頂いていましたが、断りました。

何をしたかというと、フルコミ系の営業をやろうということで思い切ってフリーランスになることを決意。
今思えば無謀すぎました。笑 25歳になる直前の話です。
後悔は一切していません。あの時の経験があるから、今があると思っています。

とはいえ、大きな苦労はしてきました。
稼げるとばかり思って飛び込んだ世界。(詳しい仕事内容を聞きたければ直接連絡ください)

稼いで、パァーっと遊ぶイメージしかしていなかったんですが、現実は甘くなく真逆。
お金は全然稼げません。
固定給があるわけでもなかったので、収入が0の月も続きました。
自由になりたくて、フリーになったはずなのに厳しい時はバイトをしながらやっていて、結局自由にはなれなかったのです。

自由にやると自由になるの違い

僕は当時あったメンターにこう言われました。

「自由にやることと自由になることは違うよ!」

衝撃的でしたね。
なぜなら、僕は自由にやることを選んでいたから。

目の前のことしか見ていなかったのです。
人生で自由になりたかったはずなのに、今自由になることを選んでいた。

今だからこそ、言えるけれど主体性も何もなかった。

今しか見ていなかった。

結局、お金を稼ぐ為のバイトをして自由とは程遠い日々を過ごしていました・・・

 

数々の自己投資もしてきました。
300万円以上はお金をかけて学んできました。
その学びに対して後悔はしていません。

騙されたこともありました。

良い風に言っていますが、セミナーに参加しては物を買うみたいなことを繰り返していた時期もあります。

うまくいかないパターンですよね。

自分が変わっていかないと何も変わらないのに、その商材さえ買えば、スクールにさえ通えば成功できると思い込んでいたのだから。
もちろん環境は大切ですよ。環境を間違えてしまったら、うまくいくものもうまくいかなくなるのは事実です。

でも環境に頼っていては成功はできない。結局最後は自分が動くか動かないかなんです。
自分の人生は全部自己責任。

この辺の意識がだいぶ薄かったですね。

人材教育の世界へ

結局2年間くらいはフラフラしていて、27歳の時にそのメンターの会社である人材教育の会社に入社させてもらいました。

教育は元々やりたかったことでしたし、人を教えることは好きだったので仕事自体にはやりがいを持って楽しくやっていました。

だけれど、自分が思い描いていた人生、20代とはなかなか遠いものがありました。

何が違うんだろ?

結局は自分自身がまだまだ未熟だったということが今なら言えます。

教育をするということは自分自身も自立していかなければいけません。
自分が自責にできないのに指導なんてできない。
むしろそんな人から、物を言われたくないですよね。僕なら言われたくないです。

だからこそ、自分自身の成長っていうのは不可欠でした。

社員という立場から様々な経験をさせてもらいました。
一番良い経験だと思っていることは合宿でファシリテーターをやったこと。

人生を良くしたい。自分を変えたい。

そう思って参加してくれている方々をファシリテートする仕事です。
自分自身も生半可な気持ちじゃできないですし、人生の中でもこんなに集中して人と向き合うことはないんじゃないかというくらい向き合います。

目の前の人の根本の問題はなんだろうか?
本当にそれを思っているのか?
一つ一つの言動、行動から読み取ります。

今振り返ってみてもこの経験はなかなかできないので、本当に感謝しています。

僕自身も人と向き合うことで学ばせてもらいました。
結局、人に言うけれど一番響いているのは自分だということもありました。

もっともっと自分を成長させないと更なるレベルにはいかないし、僕の目指しているステージにもいかないと痛感していました。

 

ファイナンシャルプランナーへの道

その会社で2年弱働いた後、僕はファイナンシャルプランナーになることを決めました。

なぜ?

もっと多くの人の力になりたいという想いと、個人個人でしっかりと長い付き合いができる仕事がファイナンシャルプランナーだと思ったからです。

ラグビーをやってきて、チームスポーツなので、仲間の為にやチームの為に何かしたいという想いは人一倍持ってると思います。

そこでファイナンシャルプランナーの仕事は目の前の人の為になると感じたんです。
今までの仕事がそう思わなかったわけではないです。人の為と思ってやっていましたが、新たなステージとしての経験を積むにはお金の勉強も絶対大事ですし、一人一人の人生に携われることも絶対大事だと思ったからです。

もう一つはコミュニケーション力を身につけること。
ITが発達し、AIもでき人がいらなくなる時代はくると言われています。

いらなくなるとはいえ、人がいなくなること絶対にありません。

だからこそ、僕はコミュニケーションスキルをアップさせることを必要としました。

その成長ができるのがファイナンシャルプランナーであり、今の会社だったんです。

まだまだ道半ばです。

多くの方とお会いさせて頂き、資産運用の相談を受けます。

このコロナで収入が減った、老後が心配など多くの方が言います。
だからこそ、僕も勉強して多くの人の力になっていきたいと思っています。

 

30代をどうしたいか

30歳になって思うことがあるんです。

まずは同じ年齢くらいの方にもっとお金のことを勉強してほしい。
いや、興味を持ってほしい。ということが言いたいです。

今後どうなっていくかは予測ができます。
二極化が進み、裕福な人と貧しい人は生まれます。

同年代にこそ、もっというならば僕と関わった人には貧しい生活はしてほしくないです。

人生でお金の悩みはなるべくなくしてほしい!!

それは僕自身も同じです。
僕がお金の悩みがないかというとそんなことはありません。

まだまだあります。

だからこそ、一緒に勉強して成長していける仲間がいたら面白いなと思っています。

今は僕自身も色々な勉強をしています。

でも一つだけ言えます。

この5年間で相当な経験はしてきました。

普通に会社員だけでやってきている人よりかは経験している自信はあります。

様々な分野も勉強して、今ファイナンシャルプランナーに辿り着いています。

だからこそ、同年代の力になりたいと強く願っています。

 

久々に書いたので、まとまりのない文章になってしまったことは多めに見て許してください。
最後まで読んでくれてありがとうございます!

今後また更新頻度を増やしていこうと思っているので、また読んでみてもいいなと思ってくれた方はぜひまた読みにきてください!

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